井の中の蛙、ITで世界を変える
なんやこのタイトル....既視感と嫌悪感が合わさったような、絵に描いたようなクソタイトルですね。
それにしても今日は暑かったですね。マジ暑かった(38.2℃と書いてある体温計を見つめながら)。
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ところで今日ツイッターをみてたらこんな記事が流れてきまして、久しぶりにwebサービスを見て「おおー!!」となりまして。
このところ(特に今年に入ってから)webサービスで「おおお...!!」ってなった記憶がイマイチなく、理由を考えてみたんですが、昨今のサービスがどれも"小手先感"に溢れてるからなのかなぁと。
この"小手先感"てやつなんですが、ちょっと考えてみたところ、今現在の社会的・文化的な文脈に100%沿った上でサービスが展開されていて、社会とか文化のアップデートに直結しなさそうな印象が正体なんじゃないかと思います。
ぼくはwebサービスを見るのが好きで、わりと国内外のサービスを観察していたりするのですが、社会とか文化をアップデートするサービスが生まれる過程って、結構パターン化されているよなぁと思っています。
1. 今現在の社会的文脈から飛び出たサービスが現れる
2. そのサービスを今の社会になじませたような形のサービスが多発する
3. 2の中からいわゆる"当たり"がいくつか出て、新しい社会的文脈を形成する
だいたいこんなイメージ。
すごい感覚的なんですが、1は80%ぐらい既存の枠組みに乗っかりながらも、20%ぐらい現在の社会的文脈からはぶっ飛んでる感じです。このぶっ飛びの度合いが小さかったり、大きくても受け入れられやすかった場合には、1がいきなり当たることもあったり。
で、どうやってこの1(現在の社会や文化のアップデートのきっかけになるようなモノ)が生まれるのかなぁと考えつつツイートしていたところ、友人のてるてる(以下てる子)がかなり違う視点から話をしてくれたので、備忘録としてトゥギャっときました。ちなみにてる子は別段ITな人ではないのがまたおもしろい(彼はたいへん優秀な地学屋です)。
ツイートの内容は興味ある方は読んでくれというところなんですが、彼の言うとおり、そもそも僕の言う第1段階にあたるモノが生まれる過程にも二種類あって、ニーズありきで生まれたイノベーションと、余剰から生まれるイノベーションなんじゃねーかと。
よく、「モノづくりは日常の負を解決するところから始まる」なんて言われるんですが、案外そうでもないんですよね。個人的には3Dテレビなんかも、誰もテレビから飛び出して欲しいなんて思ってなかったし、後者の典型的なタイプかなーと。あれの場合はまだ大衆的なニーズがあるとも言えないですし、文化的文脈が追いついてるとも思えないので、今後の第2フェーズにずっと期待してます(消えないといいなぁ...)。
話しがだいぶITから逸れちまったわけですが、そもそもITが現実社会にどれだけのインパクトを与えるものなのかって話をするにも、まだ日が浅すぎると思うんですよね。あーだこーだ言う人は死ぬほどいますが、Googleの創業からでさえまだ15,6年しかたってないわけで。
相変わらずのきたねえ文章を終わらそうと思うんですが、数日前にCoineyのなおこさんが面白いことをおっしゃってたので引用させていただきます。
日本のネット広告の市場規模(媒体費)は7,200億円。豆腐と納豆の市場規模が7,000億円。
— naoko (@adwarf) 2014, 5月 8
あくまでもネット広告の媒体費の規模感ですが、まだ豆腐と納豆よりちょっと大きいぐらい。自分がどれだけ狭い世界に夢中になって生きてるか噛み締めつつ、とりあえず風邪を治したいなぁと思った日曜の夜でした(38.8℃の体温計を眺めながら)。